惑星と文明 19-020 時間は砂となって降り積もる

惑星と文明 19-020 時間は砂となって降り積もる

タイトルをクリックあるいはタップした先で画像を拡大することができます / 懸念が標識ロープのかたちとなって放置されている。懸念は期待と表裏一体の関係にある。人を避けてここまできたけれど、私は人間の存在を求めていたのだ。そして画角内に人物が紛れ込んでいないのに満足している。目も当てられないほどひどい矛盾であるのは承知している。

七歳、新潟、砂の記憶 19-005

七歳、新潟、砂の記憶 19-005

タイトルをクリックあるいはタップした先で画像を拡大することができます/ 思い出はいつだって完膚なきまでに打ち砕かれると決まっている。子供の背の高さで見た風景、歩幅で歩いた場所は大人では体験できないものだ。大人になって追体験できるものはほとんど存在せず、時代もまた残酷なまでに景観を変える。博物館にも図書館にも記憶が保存されているはずもなく、展示や書庫にあるものは他の誰かの記憶だけだ。しかし新潟の太陽は私を裏切らなかった。

七歳、新潟、砂の記憶 19-004

七歳、新潟、砂の記憶 19-004

タイトルをクリックあるいはタップした先で画像を拡大することができます/ どこでもない、いつでもない。なんて真顔で言えば正気ではないと思われるに違いない。どこでもない場所をこれといった目的もなく歩く自由がないなんて悲しい。賢いふりをするため、場所の名前、意味、区分けばかり考えて不自由きわまりない自縄自縛になるくらいなら馬鹿なままのほうがよっぽどよいだろう。私はどこでもない場所を目指す。私は見たいものを見たいように見る。