新しい年が巡ってきました。それなりに難しく、どうしたらよいか解決策が見当たらない困難さをどうしても感じざるを得ません。
みなさんへのご挨拶が遅くなったのは、こうした新型コロナ肺炎のつらい局面があっただけでなく、昨年末から現在まで悲しいできごとが身辺を満たしていて何をどのように言葉にしたらよいかさっぱり答えがみつからなったのです。それ以前に何も話したくなかったのです。
身内の誰もが予想だにしなかった出来事のなか父が亡くなりました。事故といえば事故、年齢からすれば天寿をまっとうしたとも言える最期だったかもしれません。ただし遺体発見までの日々があり、発見後も新型コロナ肺炎禍からの医療の逼迫による検死の遅れと年末年始によって荼毘に付すまで時間がかかり、こうした日数の経過があったので葬儀一切を大急ぎでやらなければならず、さらに老いた母の健康を考えると肺炎禍のいま私は葬儀へ出向くのもかないませんでした。
人の生き死になんてものは自然現象に過ぎないのでしょうが、順序であるとか、区切りであるとか、これらをはっきりさせる儀式が伴わないと残った者にとって整理が一切つかないのだと思い知らされました。骨格からして姿かたちが似ている父の骨が、あまりの太さで骨壷に収めるのがたいへんだったと聞いて、伝聞ゆえにまるで自分の骨の話のように思え気が遠くなったのも、まさにこれです。
心細いのです。自分自身の生き方、死に方が途方もなく遠いところへ吹き飛ばされて迷子になった気がするのです。世界のほころびが新型コロナ肺炎によって大きくなり、さまざまな局面でことさら分断を煽る言説が目立つようにもなり、混沌のなか気持ちを真っ当に保つのさえ難しいのが拍車をかけています。
だから、花を父と自分と世界に捧げようと思います。いま、ほかにできることがあるのでしょうか。きっとこんなことを、こんな場所で言うべきではないのですが「助けてくれ」と。