日乗 スティーリー・ダンはへそ曲がりでも複雑でもない

私はスティーリー・ダンのアルバムを聴き続けてきたのだけれど、しばしば見受けられる「へそ曲がり」な曲作りであるとか「複雑」なコード進行や構成といった評は、まったく彼らの本質を捉えていないどころか作品の表面しか聴いていないのではないかと感じる。あるいは「僕、こんな難解なコード進行の妙を理解できるもんね」的な自慢とか。

彼ら、つまり事実上ドナルド・フェイゲン (Donald Fagen) とウォルター・ベッカー (Walter Becker)がファースト・アルバムから今日まで目指し続けているのは単純化だ。これもしばしば言われることとして、バンドの変遷は「他のメンバーの演奏技術が表現したいものに追いつかず、やがて二人だけで」とされるが、表裏一体の関係として単純化しようとすれば個々の音の粒を純化しなければならないという事実に行き着く。

前述した単純化、一音ごとの純化はスティーリー・ダンのファースト・アルバムから最新作へ、またドナルド・フェイゲンとウォルター・ベッカーのソロ作を年代順に聴けば理解されるだろう。活動初期から複雑化の一途を辿るのではなく、彼らの方法論から実際の音まですっきりとしたものになっている。もしすべてのアルバムを聴くのが面倒なら、「Aja」前と後を比較するだけでよいだろう。「Aja」は事実上もなにもスティーリー・ダンが二人体制に完全移行した転換点だ。

バンドを組み音楽を演奏した経験がある人には共感してもらえると思うが、超絶技巧の演者ばかりでバンドを組んだとしても演奏が面白いものになるとは限らない。引きずるようなドラム、几帳面に刻むベース、音程があやしいものの扇情的で説得力あるボーカルと、凸凹を含めてそれぞれの個性がバンド演奏の音を面白いものにする。ところが、こういった人間性の凸凹は混色の醍醐味であるいっぽう濁りの表現でもある。これをもってスティーリー・ダンを非人間的としたい訳ではない。スティーリー・ダンとして発表する音楽の音は純化され、それぞれの側面を構成する様は、たとえば岩絵具そのままの色を配置し、色面で構成する日本画に似た明快さがある点を指摘したいのだ。

これを「へそ曲がり」な曲作りであるとか「複雑」なコード進行や構成と言っているのは、聞きかじりの音楽理論をどこかで喋りたくてしかたない人であって、耳を素直にしてスティーリー・ダンの曲を聴けばスムースで難解さなどない音が聴こえてくるはずだ。つまり、「へそ曲がり」で「複雑」とされるものは聴こえてくる音の裏側であって、こんなものを意識させたなら彼らの成功はなかっただろう。まあ、歌詞は一筋ならないものがあるとしてもだ。

曲にふさわしい音数を厳選して、演奏者を厳選。曲の目的に適ったフレーズを数テイクの中から選び、ときには同じ楽器を演奏する複数のプレイヤーのフレーズを切り貼りしたりもする。これは、複雑化ではなく単純化のための方法論である。必要最小限の要素で画面を構成するため個々の線と色面を際立たさせる日本画との共通項を、こうした二人と他のプレイヤーの作業に見る思いがする。「Aja」以降の録音が、それまで以上にクリアになった、あるいはならざるを得ない状況を生んだのも、ここに理由があるのだろう。個々の音がきちんと分離しつつ音楽としては一体のものとなり、さらにピアニッシモで鳴る数音でさえ聴き取れるようにしなければならなかったのだ。

近年、ドナルド・フェイゲンとウォルター・ベッカーのソロ作の曲調はかなり似通ったものになっている。そして、ドナルド・フェイゲンのソロ作はスティーリー・ダンと区別しにくいところと、ウォルター・ベッカーがソロとしてのアルバムを発表したのが1994年の「11 Tracks Of Whack」と2008年の「Circus Money」のみであることから、ウォルター・ベッカーがドナルド・フェイゲンに近づいたとされがちである。たしかにスティーリー・ダン色はドナルド・フェイゲンによるところが大きい。なのだが、活動休止期を挟み発表されたスティーリー・ダンの2000年「Two Against Nature」と「2003年 Everything Must Go」にウォルター・ベッカーが必要とされたことを忘れてはならないだろう。ドナルド・フェイゲンはウォルター・ベッカーの方法論が不可欠と考えたはずで、この方法論こそ二人が共有しているスティーリー・ダンのキモである。したがって作風が似ているのは当然だ。

回りくどくなったが、「スティーリー・ダンのキモ」は何度も書いてきたが目的を適えるための単純化と明瞭化である。作曲しかり、編曲も、録音も、トラックダウンもだ。そして、私もこういった写真を撮影したいと願望している。

 

Fumihiro Kato.  © 2016 –

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